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阪神甲子園球場
 
今や国民的行事とさえなっている高校野球。数多くのドラマを生み出してきた舞台は、もちろん「甲子園球場」です。

1924年8月(大正13年)、阪神電気鉄道が全国中等学校(現在の高等学校)野球大会を主目的に開設した野球場に、この年の干支が縁起の良い「甲子」に当たっていたために「甲子園球場(当時は甲子園大運動場)」という名がつけられました。完成当時、敷地面積約4万u、収容人員6万人のスケールは東洋最大と称され、観覧席をおおう大鉄傘は人々を驚嘆させました。

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名 称: 阪神甲子園球場
所在地: 兵庫県 西宮市
発 注: 阪神電気鉄道
設 計: 大林組
概 要: 延面積39.600m2
(グラウンド14,700m2、
スタンド24,900m2 )
竣 工: 1924年7月
(大正13年)
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甲子園球場といえば、全国の球児にとって宝物でもある「甲子園の土」。その土の調達は、工事の数多い苦労話の中でも難問のひとつでした。結局は、神戸熊内の黒土と、遠く淡路島の赤土をミックスして使うことになりましたが、現在では国内の黒土と中国福建省の白砂をブレンドしています。また、外壁を装う印象的な「ツタ」は、建設当初植えられたものですが、今では株数約430本、タタミ8000畳もの面積に広がり、甲子園の歴史を象徴しています。

甲子園球場は、その時々の世相を反映し、歴史とともに歩んできました。1943年(昭和18年)には、名物の大鉄傘が戦時下の金属回収令によって供出物資として解体撤去されてしまい(戦後に復活)、終戦間際には、グラウンドがサツマイモ畑に変身したこともあります。信州の雪を買い込んで、スキージャンプ大会が開催されたこともあります。1947年(昭和22年)に全国高校野球選手権大会が甲子園に戻ってからは、戦後の復興とともに発展の一途をたどり、阪神大震災にも耐え、現在に至っています。

高校野球だけでなく、阪神タイガース球団のホームグラウンドとしても、数多くの熱狂的なファンをもつ甲子園球場。いつまでも根強いファンに支えられ、愛され続けています。
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